2026/08/31 14:02


─私の原点には、祈りがある─


私のルーツには、祈りがある。

父方は、琉球王国・ウドゥンの末裔。
母方は、代々遠洋マグロ漁船の親方。

そんな家系に生まれ、幼い頃から「祈り」は、特別なものではなく、当たり前のように身近にあった。

おばあちゃんの家には、大人が30人ほど集まることがあった。

みんなでお題目を唱える。

私は何をしているのかもよく分からないまま、その輪の中にいて、リズムに合わせて木の棒のようなものをコンコン、コンコンと叩いていた。

それが、私にとっては普通の日常だった。


おばあちゃんに連れられて、よく会いに行っていた人たちがいる。

山の上や、海のそば。

ごんげんさん。
ふどうさん。
べんてんさん。
おいなりさん。

私にとっては、友達に会いに行くような感覚だった。

ちょっとした遠足みたいで、楽しかった。

でも、大人になってから知った。

私が「友達」だと思って会いに行っていた人たちは、

権現さん。
不動明王。
弁財天。
稲荷さん。

だった。

「……え?🤣」

私の中では、かなりの衝撃だった。


おばあちゃんの家には、仏様が祀られている場所もある。

七福神。
稲荷さん。
龍神様。

成長するにつれて、幼い頃にリズムに合わせて叩いていたものと一緒に、ご真言を唱えるようになった。

大人たちが集まれば、一緒にご真言を唱える。

それもまた、私にとっては当たり前だった。


幼い頃、おばあちゃんと一緒に、お参りに来てくれた方たちへ「アメントリ」という、鳥の形をした串の先についた飴の棒を手渡していた。

「ありがとう」

そう言って笑ってくれる人たちの顔が、今でも忘れられない。

私は、人が笑顔になることが好きだった。


そして私は、昔から少し不思議な子どもだった。

花や木に話しかける。

遠足に行くと、大きな木が

「よく来たなー」

と話しかけてくるように感じる。

花壇の花の周りには、シャボン玉みたいな、丸くてキラキラしたものがいつも飛んでいた。

それを私は、特別なことだとは思っていなかった。

ただ、そういうものだと思っていた。


小学生になると、学校から帰ってきたら、ランドセルを置いてすぐ海へ行った。

釣りをしたり、網で魚を捕ったり。

とにかく、海に呼ばれているような感覚があった。

何時間でも海に入っていられた。

魚が釣れなくても構わなかった。

ただ海を見ていたかった。

今思えば、もしかしたら私は、

海そのものに会いに行っていたのかもしれない。


必要なときに、そっとのれんを。🌈


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