2026/09/12 13:39

「ありがとうは、時々、麦豚になって届く。」
「ありがとうは、時々、麦豚になって届く。」
子どもの頃から、ずっと不思議だった。
うちの玄関には、いつも食べ物の箱が山積みになっていた。
米だったり、野菜だったり、肉だったり。
でも、うちは八百屋でもないし、 お米屋さんでもない。
もちろん、肉屋でもパン屋でもない🤣
なのに、なぜか次から次へと物が届く。
しかも、買ってないのよ🤣
宅配のお兄さんにまで、
「○○さんの家、よく物が届きますねー」
なんて言われて、
「ねぇーーー、なんでだろうねーーー🤣」
って答えていた。
子どもの私は、 ずっとその理由がわからなかった。
でも、ある時。
その謎が解けた。
私の父は、漁師だった。
何日も海に出ることもあれば、 時には何ヶ月も海に出ていることもあった。
そして、父のことを人づてに聞いた人たちが、 父が港に戻ってくるのを待っていた。
父が帰ってくると、 いつもの喫茶店や飲食店に連れて行ったり、 場所を借りたりして、 一人ひとりと話をしていた。
どれだけ人が待っていても、 一日に視るのは3人まで。
そして父は、 その人たちからお金を一円も受け取らなかった。
私は昔から、
「そんなに沢山の方を視ているなら、 霊能者とかになってお金もらったらいいじゃん」
って父に言っていた。
でも、父がそういう生き方をしていたのには、 私が知らなかった理由があった。
父が前に話してくれたことがある。
父には、 七福神のような姿をした、 髭の生えた杖を持ったおじいちゃんが ついてくれていたという。
父の話では、 その存在から、
「お前は人のために尽くす人間だ」
というようなことを伝えられ、 父が人のために動く間は、 そばにいてくれるのだと。
そして、
人からお金を一円でも受け取ったら、 その存在はいなくなる。
でも、お金ではなく、 人からいただいた物なら受け取ってもいい。
ただし、 それを自分たちだけで食べたり飲んだりしてはいけない。
周りの人にも分けなさい。
父は、そう教えられたのだと 私に話してくれた。
だから父は、 どれだけ人が来ても、 お金を受け取らなかった。
「視てください」と来たなら、 困っているんだから視てやりなさい。
それが父の考えだった。
そして父は、 人を視ることについても、 私に教えてくれた。
人を視るということは、 その人が抱えているものを受け取ることでもある。
良いものもあれば、 そうではないものもある。
だから、 自分の中に入ってきたものを どう流すのか、どう整えるのか。
そこを知らなければならない。
父自身も、 たくさんの人を視たあと、 海に出ていた。
私には、 父が自分の中に受け取ったものを 海へ流しに行っていたように見えた。
もちろんこれは、 父が私に話してくれたこと、 そして父がそう信じて生きていたこと。
私自身が、それを証明できるわけではない。
でも、 父がなぜあんな生き方をしていたのか。
子どもの私にはわからなかったことが、 少しずつ繋がっていった。
そして父から、 もう一つ教えられたことがある。
人を祓ったり、場を整えたりするときに、 その場の写真や動画を残して持ち帰るようなことは しないほうがいい。
その場で起きていることは、 その場で完結させる。
別の場所へ持ち運ばない。
それも父が教えてくれたことだった。
そして、 ずっと謎だった玄関の山積みの箱。
ある時、私は知った。
あれは全部、
父が助けた人たちからの 「ありがとう」だった。
お金ではなく、 食べ物やいろんなものが届いていた。
だから、 玄関にはいつも箱が積まれていた。
子どもの頃の私は、
「なんでこんなに届くんだろう?」
と不思議に思っていた。
でも大人になって、 その意味を知った。
そして父は、 もらったものを自分たちだけで抱え込まなかった。
周りの人にも分ける。
少しでもいいから、 一緒に食べる。
それが父から教わった、 「ありがとう」の循環だった。
そして今日。
ピンポーン。
宅配便が届いた。
開けてみたら、
麦豚だった🤣🤣🤣
……いや、ちょっと待って。
私、 父と全く同じようなルート辿ってるんだけど🤣🤣🤣
私も最近、 「あなたにお願いしたい」と言ってもらえることが 少しずつ増えてきた。
そして今日、 誰かから届いた「ありがとう」が、 食卓にやってきた。
なんだろうね。
偶然なのか、 必然なのか。
私にはわからない。
でも、 子どもの頃にずっと不思議だった 「玄関に山積みになっていた箱」の意味を、
今の自分になって、 やっと理解できた気がする。
ありがとうって、 その場で終わるものじゃないんだね。
受け取った人が、 また誰かに渡していく。
そうやって、 巡っていくものなんだと思う。
私は父と同じことをするつもりだったわけじゃない。
でも気づいたら、 同じように「ありがとう」を受け取る場所に立っていた。
そして今日、 その答え合わせみたいに、
麦豚が届いた🤣🐷
父が教えてくれた 「ありがとうの循環」。
私もこれから、 私なりの形で繋いでいきたい。
ありがとうを受け取って、 ありがとうを渡して、 また誰かのところへ。
そんな循環を、 これからも大切にしていきたい。✨
必要なときに、そっとのれんを。🌈
